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僕の死に方 エンディングダイアリー500日(金子哲雄)を読みました!
アマゾンやブクログのレビューでは☆が最大で5個しかつけられません。しかし私は、この本には☆を6個以上つけたいです。
年間移動距離日本一(推定)の旅する税理士。ビジネス書作家。バブル崩壊をきっかけに、1993年(27歳)資格取得を決意。フルタイムで働きながら、実務経験ゼロ簿記知識ゼロからスタートし短期間で税理士試験合格。1998年(31歳)税理士登録。2000年(34歳)木村税務会計事務所創設。ブロガー税理士の草分け的存在。資格取得時に身につけた仕事術・時間術を駆使し、セミナー講師や広島カープの応援で日本全国を駆け回る。実務誌ほか執筆実績多数。著書に「注文の多い料理店の消費税対応」(中央経済社)、「あなたの1日は27時間になる。」(ダイヤモンド社)。
死ぬことがわかっていて、それが明日かもしれない中で、その死に向かって改めて生を見つめるという過程が記されています。
これほどありがたい貴重な経験の共有があるでしょうか。著者には心より敬意を表したいです。
(あ「死ぬことがわかっていて、それが明日かもしれない中で」って書いたけど、これって、金子さんに限らず、私だって誰だってそうかもしれないのですよね・・。)
自分にも必ずいつか来る「死」に直面したときに、この本を読んでいるからといって、著者のように立派な最後を迎えられるかどうかはわからない。でも、
・「死」におびえるのは私だけではない、金子さんでも(誰でも)そうだったんだ。
・「死」で人生が完成する。だから「死」は単なる終わりではない。
このことを心構えとして心の片隅にしのばせておくだけでも、「死」の際に何か変わるはず。
「死」の恐怖や、消えて亡くなることへの耐え難い寂寥感を超えることが出来るとすれば、おそらくそれは、残されていく他者への感謝と思いやりなんだろうと思います。このことも、忘れないようにしよう…。
とりあえず、第一章と第二章だけでも読んでみてください。「職業とは」「自分をプロデュースするとは」ということについて、多くのヒントとなる内容が書かれています。仕事観についても、非常に多くの部分が参考になります。
最後に。
「死」して残されるものに迷惑をかけないように準備をコツコツすることは、単に「相続税対策」だけに留まらない。 これは当たり前のことなんだけど、私のような職業の者が改めて肝に銘じておきたいことでもある。
■ 読んでくださる皆さまに(妻・金子稚子)
→この本は、夫・金子哲雄が、自分の死後に出版してほしいと、生前に準備していたものです。(P.2)
■ プロローグ
→大病院は、自分の病院の治療率を下げたくない。したがって日常的に、治癒する可能性がある患者が優先されているということなのだろう。(P.17)
■ 第1章 流通ジャーナリストと名乗って(数学の勉強はやめる―高2の決断 石の上には1年でいい―腰かけ会社員生活 ほか)
→大人になってからいろいろな方にお会いして、子どもの頃に母親に褒められたことをのちに仕事にしている、というパターンが多いことに気がついた。(P.25)
■ 第2章 昼も夜も時間が足りない(一致した「嫌い」―妻が最初の視聴者 女性週刊誌からテレビへ―競争相手の少ない世界 ほか)
→「好きなもの」というのは、人それぞれだから、それが一致するのは難しい。でも「嫌いなもの」が一緒でないと、長く共にいるのは難しい。「嫌い」が共通しているかどうかが、いちばん大切な「判断のものさし」ではないだろうか。(P.47)
■ 第3章 発病。あふれてしまう涙(9センチの腫瘍―病院で門前払い 「咳、おつらかったでしょう」―仕事と治療と ほか)
→「勉強も大事かもしれないが、今、チャンスを下さった方に対し、応えることも大切ではないか」 自分は仕事でここまで生かされてきたのだ。だったら、最後まで仕事をしよう。いや、していたい。(P.87)
■ 第4章 最後の仕事は死の準備(長びく肺炎―最後のラジオ出演 東京タワーの足下に―葬儀の準備 ほか)
→けれども結婚は、実際は「一生に一度」じゃない。場合によっては、二度、三度、することもある。結婚式だって、何回もする例が実際にはある。 では葬儀はどうか。 これは間違いなく「一生に一度」だ。しかも葬儀には、当の主役はいない。だから残された身内で揉めることがあるというのは前述した通りだ。だから、主役の意思を生前に確認しておくことが大事なんじゃないか。私はそう考えた。(P.138)
■ エピローグ
→自分にとって「生きる」ということは最後の最後まで、引退せず、全力を尽くすことだ。(P.156)
■ あとがき
→「稚ちゃん、だめだよ、そんなお願いの仕方じゃ。『明日、野崎先生と嵯峨崎さんをおもてなしするために焼き肉をするので、すみませんが、今日は行けません』。こう言わないと。お迎えには、一日一日待ってもらわなくちゃいけないんだよ」(P.173)
これほどありがたい貴重な経験の共有があるでしょうか。著者には心より敬意を表したいです。
(あ「死ぬことがわかっていて、それが明日かもしれない中で」って書いたけど、これって、金子さんに限らず、私だって誰だってそうかもしれないのですよね・・。)
自分にも必ずいつか来る「死」に直面したときに、この本を読んでいるからといって、著者のように立派な最後を迎えられるかどうかはわからない。でも、
・「死」におびえるのは私だけではない、金子さんでも(誰でも)そうだったんだ。
・「死」で人生が完成する。だから「死」は単なる終わりではない。
このことを心構えとして心の片隅にしのばせておくだけでも、「死」の際に何か変わるはず。
「死」の恐怖や、消えて亡くなることへの耐え難い寂寥感を超えることが出来るとすれば、おそらくそれは、残されていく他者への感謝と思いやりなんだろうと思います。このことも、忘れないようにしよう…。
とりあえず、第一章と第二章だけでも読んでみてください。「職業とは」「自分をプロデュースするとは」ということについて、多くのヒントとなる内容が書かれています。仕事観についても、非常に多くの部分が参考になります。
最後に。
「死」して残されるものに迷惑をかけないように準備をコツコツすることは、単に「相続税対策」だけに留まらない。 これは当たり前のことなんだけど、私のような職業の者が改めて肝に銘じておきたいことでもある。
■ 読んでくださる皆さまに(妻・金子稚子)
→この本は、夫・金子哲雄が、自分の死後に出版してほしいと、生前に準備していたものです。(P.2)
■ プロローグ
→大病院は、自分の病院の治療率を下げたくない。したがって日常的に、治癒する可能性がある患者が優先されているということなのだろう。(P.17)
■ 第1章 流通ジャーナリストと名乗って(数学の勉強はやめる―高2の決断 石の上には1年でいい―腰かけ会社員生活 ほか)
→大人になってからいろいろな方にお会いして、子どもの頃に母親に褒められたことをのちに仕事にしている、というパターンが多いことに気がついた。(P.25)
■ 第2章 昼も夜も時間が足りない(一致した「嫌い」―妻が最初の視聴者 女性週刊誌からテレビへ―競争相手の少ない世界 ほか)
→「好きなもの」というのは、人それぞれだから、それが一致するのは難しい。でも「嫌いなもの」が一緒でないと、長く共にいるのは難しい。「嫌い」が共通しているかどうかが、いちばん大切な「判断のものさし」ではないだろうか。(P.47)
■ 第3章 発病。あふれてしまう涙(9センチの腫瘍―病院で門前払い 「咳、おつらかったでしょう」―仕事と治療と ほか)
→「勉強も大事かもしれないが、今、チャンスを下さった方に対し、応えることも大切ではないか」 自分は仕事でここまで生かされてきたのだ。だったら、最後まで仕事をしよう。いや、していたい。(P.87)
■ 第4章 最後の仕事は死の準備(長びく肺炎―最後のラジオ出演 東京タワーの足下に―葬儀の準備 ほか)
→けれども結婚は、実際は「一生に一度」じゃない。場合によっては、二度、三度、することもある。結婚式だって、何回もする例が実際にはある。 では葬儀はどうか。 これは間違いなく「一生に一度」だ。しかも葬儀には、当の主役はいない。だから残された身内で揉めることがあるというのは前述した通りだ。だから、主役の意思を生前に確認しておくことが大事なんじゃないか。私はそう考えた。(P.138)
■ エピローグ
→自分にとって「生きる」ということは最後の最後まで、引退せず、全力を尽くすことだ。(P.156)
■ あとがき
→「稚ちゃん、だめだよ、そんなお願いの仕方じゃ。『明日、野崎先生と嵯峨崎さんをおもてなしするために焼き肉をするので、すみませんが、今日は行けません』。こう言わないと。お迎えには、一日一日待ってもらわなくちゃいけないんだよ」(P.173)
金子にとり、「死」もまた、通過点に過ぎないような気がします。 ― 195ページ
この記事を書いた人:木村聡子(きむら・あきらこ)




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